情報を隈なく収集して正しい方法で分析する」の嘘
研究開発テーマや新製品コンセプト、新規事業テーマの探索で、たくさんのキーワードを羅列して、その詳細を決められたフォーマットに沿ってシステマティックに隈なく調査していくというやり方があります。一見、合理的な方法に見えるのですが、それは本当に合理的でしょうか?結論から言えば、それは官僚的合理性です。
ハーバート・サイモンは、完全合理性・限定合理性、手続き合理性・実質合理性を論じました。これらは別々の著書で述べられたものですが、勝手ながら統合させて貰うと以下のようなチャートになります:

複雑な現実世界に切り込むには、完全合理性が虚構ではないかを疑うべきです。世の中のすべての情報を吟味するということは、我々人間にできることではないのです。それでも「より多くのキーワード、より多くの項目を調査すると、完全ではないにせよ、より完全に近づくことができるだろう」という信念が揺らがない人もいらっしゃるでしょう。しかし、多くの場合、そこに待っているのは「疲弊」しかありません。なぜなら世界は広大だからです。
機械学習に引き寄せて言えば、完全合理性は総当たり法です。すなわち、すべてのケースを吟味する方法です。探索空間が狭い場合はそれも可能です。もし探索空間が広い場合、その一部しか探索できていないと最適解には到達せず局所解に捕まります。そこでさまざまなショートカットが考案されています。そうしたものをヒューリスティクスと呼びます。
どんなに詳細な情報を収集しても、狭い領域でそれをやっていては「お宝」はなかなか見つかりません。あなたが探しているお宝はどんなお宝ですか?どんな特徴があるべきですか?かいつまんでいえば、それを明確化するのが概念調査です。なぜ「概念調査」と呼ぶかと言うと、「事実調査」に対しての「概念調査」なのです。事実を探す前に、その概念(外延と内包:集合とその共通特性)を先に吟味しようということです。
まだ知らないものを探す
この考えがどこから生まれたかというと、じつは筆者が昔、出版・セミナー会社で企業向けのセミナーの企画運営をした経験から編み出したものです。セミナー会社は受講者を集めて受講料を頂くのが仕事です。セミナーのテーマは、情報通信でもバイオでも化学でもエネルギーでも何でもよいわけです。ただ受講者が多く集まるセミナーにはいくつかのパターンがありました。つまり、キーワードが先にあってそれを調査するのではなく、勝ちパターンが先にあって、それに合致するテーマを探してくるのです。
各分野の専門知識を一から積み上げて勉強しているのでは間に合いません。すべてを知ってから行動するのではなく、知らない領域で、まだ知らないことを探し当てるには、抽象化・一般化した構造、関係性、型、パターンを手掛かりに探索するしかないのです。技術の個別的詳細は横に置いて「結局それは何をやっているのか?」と本質な原理だけを見る感覚です。このような態度は、企業が従来の専門領域の壁を打ち破って、テーマ探索を行うときにも役立つはずです。
たとえば、結婚相手を探すのに世界中の異性を検討することはできませんし、その必要もありません。自分はどんな人と結婚したいか?好みのタイプがあればよいだけです。企業が研究開発テーマなどを探すのも同じことです。目的は「お宝」を見つけることであって、情報を隈なく精査することではありません。多くの調査の現場で、この目的と手段の反転が起きて、物事を必要以上に複雑にしてしまっているのです。そうなる原因は、手続き合理性という組織内の合理性です。組織で仕事をやる限り、それを否定することはできないのですが、それが実質的合理性からかけ離れやすいことを頭の隅に置いておくべきかと思います。
従来、まだLLMが登場していなかった時代に概念調査を説明しようとすると、やたら哲学的な話になってしまいました。人力でやることを前提に他人に説明するには、思考の方法をブレークダウンする必要があったからです。しかし、今はLLMがあります。LLMの本質は「言語」そのものであり概念の操作が可能です。LLMと機械学習を使うことで技術的ツールにすることができました。
分かりやすい実験の例を示しましょう。たとえば「くさび係合が役立つ場面を締結以外で探して」とか「微粒子を長期間安定して均一分散させる原理が役立ちそうな場面は、どんなところがありますか」と言うような質問をLLMに投げてみてください。多岐にわたる回答が得られるはずです。LLMは地球上のあらゆる技術情報を学習しています。必要なのはこのような「問い」を自社技術の情報から作り出すことなのです。

