Operational World Modelとは

企業の「現在」を理解し、過去の経験を次の判断につなげる

大規模言語モデル(LLM)は膨大な一般知識と言語能力を持っていますが、個々の企業について、現在どのような案件が進み、過去に何が起こり、誰がどのような判断を行い、その結果どうなったのかを継続的に把握しているわけではありません。

企業内には、文書、RDB、業務ログ、メール、会議記録、CRM、報告書など大量の情報があります。しかし、それらは異なるシステムに分散しており、通常は「企業が現在どのような状態にあるか」を一つのモデルとして表現していません。

マインドウエア総研が構想する Operational World Model(OWM:業務世界モデル) は、こうした企業内の情報から、主体、対象、状態、出来事、判断、結果、関係、業務プロセスを継続的に取り込み、人間とAIが共通して参照できる企業固有の世界モデルを形成するものです。固定された巨大なオントロジーを先に完成させるのではなく、実際の文書・データ・経験から構造を形成し、人間が確認・修正できることを基本とします。

想定するシステム構成

現時点では、OWMを次のような複数の機能を連携させたシステムとして構想しています。

業務情報
文書/RDB/CRM/メール/業務ログ/会議記録/外部情報

Observation & Knowledge Mining
LLMによる主体・対象・状態・行為・判断・結果・理由などの抽出、正規化、出典管理

Operational World Model

  • Knowledge Layer:文書を再構成した知識ページ
  • Operational State:顧客、案件、製品、在庫、プロジェクトなどの現在状態
  • Episode Memory:状況、出来事、判断、結果、評価を記録したEpisode Card
  • Process Model:実際の業務フロー、分岐、反復、例外、手戻り
  • Concept / Pattern Model:ConceptMinerやGNG/VQによる類似状態、経験的パターン、概念構造
  • Rule / Policy:規程、権限、制約、明示された判断基準
  • Relation Model:人、組織、案件、製品などの関係
  • Provenance / Governance:原文、日時、作成者、変更履歴、権限、承認状態


Context Reconstruction
現在の問題に必要な状態、知識、過去事例、規則、プロセスだけを選択してコンテキストを再構成

Human / LLM / AI Agent
質問、分析、判断支援、業務文書生成、必要に応じた外部システム操作

Action & Outcome
実行結果を再びEvent/EpisodeとしてOWMへ戻す

その目的は、これらのコンポーネントを個別の実験として構築することではなく、共通のスキーマやAPIを介してそれらを接続し、知識、エピソード、プロセス、概念、ルール、および動作状態を統合的に利用できるようにすることにあります。

例えば、顧客から値引き要求が来たら

OWMの動作を具体的に考えてみます。

ある営業担当者がAIに「A社から10%の値引きを要求された。どう対応すべきか」と質問したとします。

通常のLLMは一般的な営業知識から回答できます。しかしOWMがあれば、AIに回答させる前に、A社の取引履歴、現在の案件状態、利益率、過去の類似案件、過去の値引き判断と結果、社内の値引き権限規程、関連する例外事例などを取得できます。

ConceptMinerは類似した過去案件を探し、Episode Memoryはそのとき何を判断してどうなったかを返し、Rule / Policyは今回適用される制約を確認し、Process Modelは現在どの承認段階にあるかを示します。OWMはこれらをContext Reconstructionによってまとめ、LLMへ渡します。

LLMそのものに企業を記憶させるのではなく、企業側が自らの業務世界を保持し、必要な部分だけをAIに見せるという考え方です。

経験を記録し、パターンへ育てる

OWMでは、新しい出来事をすぐに一般化された知識へ変換する必要はありません。まず「何が起き、どのような状況で、何を判断し、どういう結果になったか」をEpisodeとして記録します。

Episodeが蓄積されれば、ConceptMinerなどによって類似経験、典型的な状態、繰り返される判断パターンを形成できます。以前の開発構想では、Episode Cardによる個別経験の高速な記録と、ConceptMinerによる長期的な概念形成を組み合わせることを基本的な設計仮説としていました。

この考え方では、企業の学習を「AIモデルを繰り返し再学習すること」と同一視しません。新しい事実はOperational Stateへ、新しい経験はEpisode Memoryへ、繰り返し現れる重要なパターンはConcept / Pattern Modelへ蓄積していきます。

実際の業務プロセスをモデル化する

企業の業務は、規程やマニュアル通りに進むとは限りません。例外処理、手戻り、迂回、非公式な引継ぎなどが日常的に発生します。

OWMでは、構造化された業務ログだけでなく、必要に応じてメールや報告書などからLLMがEvent候補を抽出し、人間による確認を経てイベントログへ変換します。そのイベント集合からProcess Miningによって、実際の業務フロー、分岐、反復、例外などを形成します。

これにより、OWMは「企業が何を知っているか」だけでなく、「企業が実際にどのように動いているか」も扱うことを目指します。

分析して終わらせない

1990年代のKDD/データマイニングでは、クラスタ、決定木、ルール、マップなどを発見しても、それを業務担当者が実際の行動へ変換できるとは限らないという問題がありました。以前のOWM開発計画では、この反省から、分析結果をグラフとして提示して終わるのではなく、知識ページ、プロセス記述、事例集、判断根拠、改善候補などの業務成果物へ変換することを重要な要件としていました。

OWMでも、モデル構築そのものを目的とはしません。人間とAIがモデルを利用し、判断や行動を行い、その結果を再びOWMへ戻す循環を形成することを目標とします。

Research Foundations and Primary Reference Candidates

Operational World Modelは、既存の一つの理論をそのまま実装するものではありません。以下はOWMの設計を考える上での主要な参考候補であり、それぞれの理論を忠実に再現したり、すべてを同時に実装したりすることを目的としていません。企業環境で検証可能な参照実装へ翻訳するための設計上の手掛かりとして位置づけています。

01 LLM Wiki

Andrej Karpathy

原資料を細かな断片のまま検索するだけではなく、LLMによって再利用可能で相互参照できる知識ページへ「コンパイル」する考え方です。OWMではKnowledge Layerを形成する参考とし、原文への参照を保持しながら企業知識を再構成する方法として検討します。

02 Process Mining

Wil M. P. van der Aalst and others

イベントログから実際に行われている業務プロセスを発見し、規程との逸脱、ボトルネック、反復、例外などを分析します。OWMではOperational Processを形成する主要な方法として位置づけます。

03 Generative Agents

Joon Sung Park and others

経験を自然言語による記憶として保存し、関連性、新しさ、重要性などから必要な記憶を想起し、複数の経験からreflectionを形成してplanningへ利用する研究です。OWMではEpisode Memory、関連経験の想起、経験からの知識形成を考える参考とします。

04 Complementary Learning Systems

McClelland, McNaughton, and O’Reilly

新しい出来事を高速に記録する仕組みと、多数の経験から一般的構造をゆっくり形成する仕組みを組み合わせる考え方です。OWMではEpisode Cardによる個別経験の記録と、ConceptMinerによる長期的な概念・パターン形成を連携させる設計仮説として参照します。

05 Case-Based Reasoning

Aamodt and Plaza

過去事例を検索し、現在の問題に再利用し、結果を検証・修正し、新しい事例として再び保存する継続的な問題解決サイクルです。OWMでは、企業の判断を「状況―判断―結果―評価」を持つ再利用可能なEpisodeとして扱うための参考とします。

06 KDD / Knowledge Discovery

Fayyad, Piatetsky-Shapiro, Smyth, and others

データ選択、前処理、変換、データマイニング、解釈・評価を一連のKnowledge Discovery Processとして捉える枠組みです。OWMではその考え方をさらに業務側へ拡張し、分析結果を文書、プロセス、事例、判断材料など、業務担当者が利用できる成果物へ変換するところまでをシステムの役割として考えます。

一つの技術ではなく、企業のための「知的な作業台」をつくる

Operational World Modelは、GNG、LLM、Knowledge Graph、Process Mining、Bayesian Networkなどのどれか一つを中心に据えた万能モデルではありません。それぞれ異なる能力を持つ技術を、企業固有のOperational StateとContextの上で組み合わせるための基盤です。

そのため、OWMの完成形を最初から固定することはしません。まず実際の企業業務から、情報、Episode、Process、Concept、Ruleなどを一つずつ接続し、必要な機能を実装・検証しながら段階的に拡張していきます。

マインドウエア総研では、この継続的な研究開発を Operational World Model Consortium として進め、第1期では Research Intelligence Innovation を中心テーマとして、具体的な業務への実装からOWMの基盤を育てていく方針です。